「闇のカーニバル」('83)が、ベルリン・カンヌ映画祭で連続上映され、ジム・ジャームッシュらニ
ューヨークのインディペンデント監督から絶大な支持を集める。
また、JAGATARA(じゃがたら)のファーストアルバム「南蛮渡来」や日比谷野外音楽堂での「アースビート伝説'85」を始めとする多数の音楽イベントをプロデュース、江戸アケミや町田康(町田町蔵)など当時のパンクロッカー達を俳優として起用するなど、ジャンルを超えた独創的な活動で注目される。
「ロビンソンの庭」('87)−ベルリン映画祭Zitty賞/ロカルノ映画祭審査員特別賞/日本映画監督協会新人賞−では、ジム・ジャームッシュ監督の撮影監督トム・ディッチロを起用、香港との合作「てなもんやコネクション」('90)では専用上映館を建設、「ジャンクフード」('97)を全米10都市で自主公開、「リムジンドライブ」('01)では単身渡米し、全アメリカスタッフによるニューヨーク・ロケを敢行するなど、国境を越えた意欲的な活動と爆発的なパワーで、常に新しい挑戦を続けている。
<主な作品歴>

‘79 看守殺しの序曲(8m/m)
 
‘80 聖テロリズム(8m/m)
 
‘82 JAGATARAファーストアルバム南蛮渡来をプロデュース
 
‘83 闇のカーニバル
 
‘84 うぎ・ぶぎ・うっきん(VTR)
 
‘85 8ヶ国の音楽を集めた、多国籍音楽イベントアースビート伝説 '85を日比谷野外音楽堂で開催
JAGATARAアルバム君と踊り明かそう日の出を見るまでをプロデュース
 
‘87 ロビンソンの庭
 
‘90 てなもんやコネクション
 
‘91 熊楠KUMAGUSU
天衣無縫の博物学者、南方熊楠の生涯を描く、初の大作に挑むも、35%を残し、資金難の為、撮影中断となり、現在に至る
 
‘92 マンダラオーバードライブ
 
‘92−96 熊楠KUMAGUSU
撮影再開のため、資金集めに奔走するも再開できず
 
‘96 アトランタ・ブギ
 
‘98 JUNK FOOD ジャンクフード
文化庁海外派遣文化研修員としてニューヨークに一年間滞在
 
‘99 JUNK FOOD ジャンクフード
ニューヨークを皮切りに、全米10都市で自主配給
 
‘00 リムジンドライブ
 
‘01−03 仙頭武則プロデューサーにより、熊楠KUMAGUSU再開目指すも断念
 
‘05−06 3日
サイクル
聴かれた女 アメリカ、イギリス、香港、台湾、タイ、シンガポールでDVD発売

低予算Dムービー3作品を連続制作。
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